なぜ、塗装指示の明記が重要なのか
図面上の塗装指示が不完全だと、「塗り直せば済む」では収まらないコストが発生します。最悪の場合、製品の全数廃棄や、市場に出た後の重大なクレームにつながることもあります。実際によくある不備事例を見てみましょう。
事例1:塗装範囲の指示漏れ(マスキング漏れ)
図面に「外観塗装」とだけ書き、ネジ穴や部品同士が精密に密着する「合わせ面」への塗装禁止(マスキング)指示を忘れるケースです。結果、ネジ穴に塗料が入り込んでネジが入らなくなったり、塗膜の厚みのせいで部品同士が組み立てられなくなったりします。
事例2:膜厚(塗装の厚み)の指定漏れ
「〇〇色塗装」とだけ指定し、膜厚を書かないケースです。薄すぎれば下地が透けたり、屋外使用ですぐ錆びたりします。逆に厚く塗りすぎると塗膜がタレたり、寸法公差から外れて組み立てが不可能になったりします。こうした不備が発覚すると、「剥離作業(またはペーパー処理)→再マスキング→再塗装」という手順を踏むことになり、塗装代・人件費が倍増し、納期遅延にも直結します。
だからこそ図面には、「どこに」「何を」「どのくらいの厚さで」「どう仕上げるか」を、誰が見ても一意に解釈できるように書く必要があるのです。
設計者・塗装会社で異なる考え
同じ図面を見ていても、設計者と塗装会社では重視するポイントがまったく異なります。設計者は「製品としての機能・性能」を、塗装会社は「どうすれば均一かつ効率的に、不良を出さず塗れるか(作業性)」を考えているのです。この視点のズレが、現場でのトラブルを生みます。
① 寸法公差と塗膜の厚みのズレ
- 設計者の考え:「組み立てに影響が出ないよう、この軸の直径は50mm±0.05mmに収めてほしい」
- 塗装会社の現実:「塗装すれば片側数十μm(両側で約0.1mm)は肉厚になる。図面寸法が“塗装前”なのか“塗装後”なのか書かれていないと、怖くて塗れない」
一般的な塗装はミクロン単位(μm)の厚みを持ちます。設計者が「塗装後の寸法」を意識せずに厳格な公差を指定すると、塗装会社は「塗装したら公差外になってしまう」と頭を抱えることになります。
② 「全面塗装」と吊り下げ・引っ掛け穴のズレ
- 設計者の考え:部品全体をムラなく綺麗に、全面塗装してほしい
- 塗装会社の現実:どこかにフックで吊るすか治具で固定しないと、部品を空間に浮かせて全周を一度に塗ることはできない
製品を塗装ラインや乾燥炉に入れるには、必ず「吊るす・固定する」工程が必要です。図面に「全面塗装、治具跡不可」とだけ書かれると、物理的に作業ができなくなってしまいます。塗装会社は常に「どこに引っ掛けようか」を考えているため、あらかじめ図面に「吊り穴(塗装用)」を設けておくことが重要です。なお掛け穴は同一線上に2点必要で、1点だけだと被塗物が回転してしまい、均一に塗りにくくなります。
③ 色味・ツヤの言語のズレ
- 設計者の考え:「マットな黒」「明るめのグレー」で
- 塗装会社の現実:「マット」「明るめ」といった主観的な言葉では調色できない。日塗工(日本塗料工業会)の型番や限度見本がないと、後から「イメージが違う」というトラブルになる
図面に書くべき具体的な指示内容
これらのズレを埋めるために、図面の注記欄(技術要求)には以下を明記します。塗装指示は大きく「仕様(何をどう塗るか)」と「範囲(どこに塗るか・塗らないか)」の2つに整理すると書きやすくなります。
1. 使用環境と素材に応じた工法・下地処理
製品が屋内用か屋外用か、素材が何かによって適切な工法は変わります。下地処理も素材ごとに異なり、例えば鉄ならリン酸亜鉛被膜、アルミならZAPというように処理方法が違うため、素材と使用環境を明記します。
2. 色・ツヤの指定
「黒」「グレー」といった曖昧な表現は避け、共通規格番号で指定します。見た目の印象を大きく左右する「ツヤ(光沢度)」の指定も必須です。
記載例
・色(カラー):日塗工 N-20
・ツヤ(光沢):全ツヤ/半ツヤ/ツヤ消し
・記載例:日塗工 N-15(3分ツヤ)
3. 膜厚の指定
塗装の厚みはマイクロメートル(μm)単位で指定します。防錆性能や組み立て時の寸法公差に直結する重要項目です。
記載例
・膜厚 15〜20μm
・膜厚 15μm以上
膜厚を指定する際は、必ず「図面寸法が塗装前の数値を指すのか、塗装後の完成寸法を指すのか」を併記してください。一般的には「指示なき寸法は塗装前のこと」と書くケースが多いです。
4. 塗装範囲とマスキング
製品の「どこを塗って、どこを塗らないか」を明示します。
- 全面塗装の場合:「全面塗装のこと」と記載
- 部分塗装の場合:「外面塗装のこと(裏面は塗装なきこと〈要マスキング〉なのか、色のかぶりは可なのか)」などを文章で示した上で、塗装範囲を太い一点鎖線で囲って明示する
- マスキング(塗装禁止指定):取り付け部(嵌合面)などは個別に指定し、マスキング範囲をどこからどこまでか図面上で明確に区切る。見にくい場合は拡大図を別途用意し、寸法線を入れてミリ単位で範囲を明確にする
注記欄(技術要求)の書き方――記載例
これまでの内容を、図面右下などの注記欄にまとめて記載します。
- 指示なき寸法および公差は、すべて塗装前の寸法を指す。
- 外表面は以下の通りに塗装を施すこと
・工法:メラミン樹脂焼付け塗装
・色調:日塗工N-30(半ツヤ)
・膜厚:15〜20μm - —–で示す嵌合面は塗装不可(マスキング)のこと
- 塗装前に脱脂および下地処理を行うこと
- 有害なタレ、ブツ、にえなきこと(限度見本による)
まとめ:図面完成前のチェックポイント
塗装指示で失敗しないために、図面を出図する前に以下を確認しましょう。
- 寸法・公差は「塗装前」「塗装後」のどちらを指すか明記したか
- 色・ツヤは日塗工番号など数値化された規格で指定したか
- 膜厚の範囲(または下限値)を指定したか
- 塗装範囲を一点鎖線などで図示したか
- マスキング(塗装禁止)範囲を寸法線入りで明確に区切ったか
- 吊り下げ・引っ掛け用の穴(同一線上に2点)を設けたか
- 素材・使用環境(屋内/屋外)を明記したか
- 脱脂・下地処理の指示を入れたか
設計者は「機能」を、塗装会社は「作業性」を見ています。このギャップを図面上の一言で埋められるかどうかが、手戻りのない、コストのかからないものづくりの分かれ目になります。



